Greeting
お客様と二人三脚での美と健康の追求
Diosaは、”美と健康”をメインテーマに掲げ、
カレーカフェ・ネイルサロン・少人数制ネイルスクール
などのサービスを提供しています。
ひとつひとつのサービスに、それぞれのこだわりがあります。
このサイトに足を運んでくださった皆様、
是非そちらをご覧いただき、ご来店の際には
よりサービスを堪能して頂けましたら幸いです。
心と身体が綺麗でいられるようなお手伝いを通じて、
ご来店頂くお客様が少しでも楽しめるよう、
そして1つでもお客様に「好き」だと感じて頂けるよう
スタッフ一同精進して参ります。
Service
健康食彩インドカレー
Cafe DeLa Diosa
厳選した食材と出来立てへの
こだわりが自慢。
日本人好みですっきり
高級感のある美と健康に
特化したカレーカフェです。
定額制・やり放題が人気
Diosa Nail Quick
基本メニューをリーズナブル
に楽しめるのに、抜群の
持ちと妥協のない仕上がりで
年齢問わずお客様の
ご希望にお応えします。
高品質ネイルサロン
Diosa Nail
日本ネイリスト協会認定講師
でネイルトラブル対応経験
豊富なオーナーによる
プライベートネイルサロン。
噛み爪や深爪にも対応。
癒しのヘッドスパ・脱毛
Diosa Beauty
デトックスをし日々の疲れを
癒しましょう。
脱毛はセルフで行える為、
リーズナブルにご利用
いただけます。
5年連続合格率100%
Diosa Beauty
School
少人数制のネイルスクール。
行き届いた指導で本気の
生徒さんを全力バックアップ。
就職から開業まで、
幅広くサポートします。
News
企業理念
mission
何時でも優しく丁寧な接客を心がける事
どんな時も偏見を持たずに公平で相手と向き合い理解する事
美に対し突き詰め食と美容技術でお客様の爪先から身体の中迄をサポートしていける様に常に心がける事
常に挑戦し成長していく事
スタッフや生徒が前向きに輝かしく成長し社会貢献が出来る様育成していく事
コスト削減にこだわらず味や技術を落とさず常にお客様の為に努力し続ける事
スタッフのやむを得ない退職の場合でも復帰し易い職場づくりを心がける事
優しい心を保ち常に人と連携し他社とも協力し合う事
危機や困難な時も手を差し伸べられる心を持つ事
計画ができ時間を有効に使える様にする事
相手に感謝し笑顔を絶やさない事
Always try to serve customers gently and politely
To face and understand the other person fairly and without prejudice at any time
Always keep in mind to support your beauty from your toes to the inside of your body with food and beauty technology.
Always challenge and grow
To foster staff and students so that they can grow positively and brilliantly and contribute to society.
Always strive for our customers without sacrificing taste and technology without being particular about cost reduction
Try to create a workplace where it is easy for staff to return to work even if they are forced to retire.
Keeping a kind heart, always cooperating with people and cooperating with other companies
Have a heart to reach out even in times of crisis or difficulty
To be able to plan and use time effectively
Thank the other person and keep smiling
Vision
数年後のあなたの未来を、私たちの技術で健康で美しいものにしていきます。
We will strive to make your future a few years later healthy and beautiful with our technology.。
Diosa 由来
スペイン語でDiosaとは女神を意味します。神話では女神達は、太陽の様に全ての暗闇に明かりを照らし月と同じく夜の暗闇をやわらかな光で満たすし様々な姿に変身します。女神とは純潔を表す神や繁栄を守護する神、神秘や知恵を司る神として君臨し、これは女性の一生を、月のサイクルに照らし合わせた考え方と言われます。女神にまつわる様々なストーリーは、女性が人生で出会う喜びや感動や愛、悲しみや絶望などを象徴し、どの女性の中にも様々な女神がいると考えられ、女神は人生の危機を乗り越え、自分が取るべき新しい道や新しいものの考え方、成長の方法を模索しようとします。
女神とは、“人間の女性の姿をした神”……言い換えればそれは“ただならぬ女性”を意味し、美しい容姿だけでなく、底知れない魅力を持ち特別な包容力を持って人を深く魅了する更に周りの男たちに計り知れない影響力を持った女性は、みな「女神」と呼ばれていました。
いつも成長し美しい女性のお手伝いをしたい自分自身もそんな女性になりたい。という思いからDiosaという名前にしました。
美容や食を通して沢山のお客様と人生で出会う喜びや感動を共有できたらな・・と思っており
数年後のお客様の未来を、私たちの技術で健康で美しいものにしてたらな・・と思っております。
SNS
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室井麗奈
https://www.instagram.com/diosa.nail_school/
kalon
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Staff
室井麗奈 profile
※出身
群馬県沼田市の小学校、中学校に通いました
父が群馬出身で母は沖縄出身で沖縄と群馬のミックスです
性格が真逆のおっとりした弟が1人居ます。
真逆の弟を強くしたいと母が小学校で集団させた柔道クラブの試合で弟が負けたのを見て
敵討ちと何故か私も柔道クラブに入団し次の試合から中学校に入るまで優勝し続けていました。中学校からはバスケットボール部で高校に入ると何もしないというだらけた生活をしていました。
現在は結婚して2人の子供と楽しく暮らして居ます
※好きな物や好きな事
好きな食べ物はフルーツとチョコレート、鈴カステラとローソンのシュークリームでローソンに行くと必ずシュークリームを買います。
また、海外旅行も非常に好きなのでやったことない事や行ったことない所の発見をしたくて普段休まなかった分の休みをまとめて取ってWi-Fiは借りず公共でWi-Fiが繋がった時以外誰とも連絡を取らずに休む!そして現地でお友達をなるべく作る!を年に1度くらいやってみています。動物全般好きで虐待を受けていたチワワ引き取りお留守番は1人では可哀想とペットショップでもう1人可愛いチワワを見つけ海外旅行の帰りに仔猫を見つけ昔から猫を拾う癖が治らずチワワ2頭猫1頭の里親になり
現在は高校生の女の子と男の子、チワワの男の子と女の子、ねこの男の子のママとなりました。2022年現在
※ネイルを始めたきっかけ
勉強があまり好きではなく努力という事をしてこなかった学生時代
やりたいことも見つからずアルバイトをし始め努力した分の対価が返ってくる事を覚えた10代・・・。20代になる頃に好きな事を仕事にしたい!と思い当時広告に入ってきた通信制のネイルスクールに目がとまりました。
同時にメイクの専門学校の広告の記事を新聞で見つけ両親に相談した所
ネイルで食べていくことは難しいと思うよ?需要がないし・・と言われて
当時群馬県にネイルサロンなどなかった時代だったので将来を見据えメイクもだいすきで容姿にコンプレックスだった自分に何か自信が付けばと当時メイク専門学校に入りました。
専門学校卒業後は美容部員として 働きました。
スキンケアを学ぶことも、お化粧をしてあげて喜ばれる事が楽しくて入社したのですがメインは販売。何か違うなと思いながら仕事をしていたある日、ネイルケアを初めてした時あまりにも自分の手が何も塗って居ないのに綺麗になり何か違うと感じた当時もう一度迷ったネイリストを目指そうと思いネイルスクールに電話しました。
※ネイルスクール時代
今はできませんが当時飛び級が出来て私は2級の試験からスタートしました。
スクールに通い始めたときはもう来週に検定の申し込みがありますと言う時期で
え?一ヶ月ちょっとしか検定迄ないじゃん!しかも合格率当時は20%!絶対無理だと思いながら検定受験を申し込み、それから練習開始!まぁとりあえず受けてみよう!と思っています。今回は試験の様子を見てきます!と、当時教えて頂いた先生に言うと、私は取り敢えずでは、教えていませんと言われ我に返りそれから猛練習!教えて頂いた先生の言葉と当時一緒に練習してくれたモデルさんの協力もあり、なんと晴れて検定1発で合格を果たしました。当時子供達がまだ小さかった頃なのでよく子供達が寝静まってから練習していた事をよく覚えています。
それからネイルの奥の深さにのめり込み沢山の資格を取りながら講師への道を選びます。
※ネイルサロン時代
ネイリスト検定2級取得して数か月で美容部員を辞め、当時は少なかったネイルサロンで働くこととなります。当時新人でサロン勤務だけでは食べる事は困難だったため週に何度かパチンコ屋さんの中の コーヒーレディーでアルバイトをしながらネイルサロンに勤務しました。
当時は1級を持っていないとお客様に触れる事ができるのはオフの時のみ
あとは先輩の横に立ち見学し雑用をこなしネイルチップをひたすら作り、ホコリのないようにサロンを綺麗にする!どうしてもお客様に入りたい1級をどうしても取りたい!
しかし2級を1発でとった自信からかどこかで受かるという余裕があり試験は不合格
悔しさと絶望を味わい毎日1本はどんなに疲れていても練習する!と決め、アクリルの臭いで吐きそうになるほど練習し次の試験にようやく合格!
サロンでやっとお客様に触れることが出来る様になるのです。
※初めてのサロンワーク
初めてお客様を担当することができた日!ワクワクドキドキな記念の日!
オーダーは白のグラデ―ション. 今思えばただのグラデーション。
しかしうまくいかず出来上がりは納得いくものではなく尚且つかかった時間は4時間・・・当時のジェルは今と違い3分硬化ととても長いにしろオフもないグラデーションに4時間・・出来上がりはいまいち・・・今でもその時の気持ちとお客様名前を憶えています。
その後そのお客様と二度と会うことはなかったです。
それからまた沢山の講習に参加し自信のない分のライセンスを取りまくったのでした。
しかしその失態や1級の練習の成果もあり得意なメニューはグラデーションとスカルプチュアですと言えるほどとなり大型サロンの店長まで上り詰めることが出来ました。
※講師への道
大型サロンは本当に忙しく1日に7人のお客様をこなし、お客様の顔など覚えること殆どなくカルテを見て話しを合わせる。爪のデザインでお客様を思い出す・・・そんな忙しい日々を過ごしサロンワークと家庭と両立させながらサロン経験を積んだころ講師を目指すようになります。群馬のサロンで働きながら表参道の認定スクールの認定講師対策コースに入学します。交通費とネイルスクール代金、半年で100万弱これはまずい働かなければ!と群馬のネイルサロンの他にネイルスクールが終わった時間から終電の一番遅い上野でアルバイトをして帰るという更に忙しい日々を過ごしました。今振り返ると子供達には可哀そうな思いをさせたなと反省の反面あの時しかできなかったな・・今だったらできないだろうと思い返すことが良くあります。それも今でも一生の宝となったネイルスクールで一緒に勉強した友達がいたので乗り越えることができたのだろうとも思います。
みんなでコンテストに挑戦し何度も砕けはまた挑戦してはの繰り返しで、晴れて認定講師試験に合格し講師への道を歩むようになります。
※独立への道
認定講師資格は当時あまり取得している人が少なく時給もよく引っ張りだこでした。私が在籍することで講師在籍、講師が指導・・・などと広告ができそれもサロンの強みになり、自分も毎回違うサロンに行くことで、たまに会うスタッフとも楽しく、気分が変わって責任もなくそれが楽だと思ってました。当時の私は海外のコンテストにまで出るようになっていて自由で都合がよく色々なサロンを掛け持ちしていました。
当時のネイルスクールでは資格を持たないスタッフが基本生徒に指導する。月に2回の私の授業があるというシステムでした。
生徒と話す機会が多くなると私がこのスクールでもし当時教えてもらったら受かる事が出来たのかな?
と考えさせるようになり責任をもって指導し生徒の未来をしっかり背負わなければならない。お客様や生徒が迷うことないネイルスクールとネイルサロンを作ろうと思い立ちその時勤務していたサロンを全て退職し独立の道へと進みました。
※独立から企業へ
独立するのは簡単ではなく勿論売り上げが得られなかったら家族を巻き込み、その先には絶望が待っていることが目に見える。
全サロンで担当していたお客様を引っ張ってきたら食べられたのかもしれない。
でも美容業界は狭いもので何を言われるかわからない物です。
誰にも告げずにサロンを退職しました。
先ずは個人事業主からネイルサロンを立ち上げる事から始めます。本当のゼロからスタートです。
失敗の軽減の為に美容室の一角を売り上げの歩合で借りることから始まり、先ずはサンプル作りや、カラーの見本を夜中まで作る事が仕事です。ネイルストーンを揃えサンプルを作り資金不足で必要不可欠なもの以外はあまり変えません。でも長年のネイル経験からかなりのネイル道具は持っていて創業は出来る限り最小限で始めたのでした。
暫くお客様など全く来くるはずもなく目に見えていた絶望が目の前に見えはじめ
夜中までとにかくサンプルを作り、めげずにブログを書く。そして資金の無い私は初めて独自でホームページを立ち上げます。苦戦しながらも数か月で簡単なホームページを立ち上げ少しお客様が来る様になってくれたところで美容室を出て、ネイルサロンとして新たに独立しました。経営はもちろん苦しい状態でした。
ある日以前働いていたお客様が私を探して来店してくださりとてもありがたいと思った瞬間でした。サロン勤務だったころと違い経営者となるとやはり売り上げばかりを考えてしまうようになってしまいがちで、今思うと当時は売り上げの数字を追うことで精いっぱいだったなと振り返ります。
お客様の顔ぶれも毎月定着してきた時ふと気が付いたことがありました。
お客様が旅行に行って私にお土産を下さる事が多く、差し入れを頂いたり・・・
私はネイルのお客様からお金を頂いてネイルを施します。お金を頂くのにお客様から頂き物をする。あるお客様にきいたのです。
私〇〇さんからお金頂いてるのにどうしてお土産を私にくれるのですか?〇〇さんは他にもお友達もいるであろう、家族もいるであろう。ただのネイリストである私に何故いつも差し入れを下さるんですか?
お客様はこう答えます
私がれいなさんにしてあげたいから!
大型サロンで顔も見ることなくネイル製造ロボットのように働いていた私はいつの日か自分のサロンでお客様にプライベートの事を話すようになりお客様のプライベートの事も聞くようになってそしていつの日か相談したりされたり元気づけたり元気づけられたり、お友達でもない、家族でもない月に1度本気で向き合えるお客様が周りにたくさんいて私を支え成長させてくれたのだと気づきました。
私を成長させて下さったお客様に感謝しお客様に何か他に喜んでもらえるものはないかと模索します。
そこで検定の試験官の際に立ち寄ったお店で今のカレー店のシェフKalonさんと出会うのでした。
お客様がネイルしたらお皿洗いしたくないよね?ご飯作りたくないよね?月に一度自分で作れないものがいいよね?そう考えた私はKalonさんの話を聞いて企業への道へ進みます。
※企業して
企業してお店を作る今までの自分ではありえない程の借金を背負います。
何百万なんてきかない単位を背負うこととなり独立当初より莫大なものを背負い
一歩間違えたら独立当初の絶望どころではないものが目の前に待っている状態でした。
初めてお店を本気で作る。何も知らないで工事の方を探す。結構今考えると無謀で無知って恐ろしいなと思えます。
見積りで数百万と言われていた物が出来上がるころには桁が変わってしまっていました。
本当なら打合せでそんなことはあり得ないんですけどねっ。当時の無知で若かった私は杜撰な業者に騙されてしまったのです。最後また騙されそうになった時その業者さんに今まで我慢しましたが女と思って舐めないでくださいって支払いの時言いはなって悔しかったのを良く覚えています。女性の起業ってまだまだ確立されておらず肩身の狭い思いも沢山します。私のかつてのスクールで勉強した仲間も講師となり経営者となり同じ思いをすることも少なくありません。
当然支払いも追いつかずオープンしても広告打てず悪のサイクルがやってくるようになりお金を借りることもできず、それはもう絶望をまだかというくらい繰り返しました。
空っぽのカレー店殺風景なお店。
それでもネイルのお客様は毎月通って下さりカレーを買っていってくれました。
お客様がお客様を連れてきてくださり家族で利用してくださる様になり、
少しづつ、お店の内装をお客様が喜んでもらえるのではないか?という理想に近づけていけるようになりました。
※コロナウイルス感染症
少しづつですが、お客様が喜んでくださる環境に近づけてきたところでコロナウイルス感染症がやってきます。飲食店は大打撃。笑えるくらいの落ち込み様でした。
私たちでも最初は未知のウイルスで恐ろしく何をしたらよいのかも迷わせられた時間でした。そんな時緊急事態宣言が発令され誰も外に出歩かなくなった時ネイルのお客様がネイルはできないけれど大変でしょうカレーをテイクアウトしていくわ!だってこんなおいしいカレー屋さんがなくなるのは嫌だから!SNSで沢山のお客様励まされテイクアウト迄して下さるこれは何か私たちが変わる時だ!今の時間を有効に使おう!またお客様に考えさせられ成長させた時間でした。
※私の思い
どのサロンでもネイルは同じ、もしかしたらそう思う方が多いのかもしれません。
でも私はDiosaNailは、DiosBeautySalon&Schoolは、ディオサは他店と違うと分かっていただけるように成長していきたいと思っています。
ネイルは長くやっていくにあたりオフやケアが大切と考えます。
ネイルスクールは生徒の未来投資の大切な時間とそれにかけた金額に見合う授業内容を提供する必要があると考えます。
リラクゼーションはお客様の身体を癒し美容に繋がるお手伝いができると考えます。食についてはお客様の身体に入る大切な物と考え新鮮で身体によいものを提供しお客様が時間とお金をDiosaにかけて下さった分それに意味あったものを提供する義務があると考えます
ビュティ―において身体の中から心まで豊かになれる物の提供をする使命があり
お客様が今日より明日綺麗になって心が晴れてDiosaに来てよかったと思って頂けるような綺麗の魔法をかけられるように日々勉強し努力致します。
そして昨日より今日が成長しているようにお客様と一緒に年を取っていきたいと思っております。
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何処の出身ですか?
私はゴルコットというネパールの都市から少し離れた町の出身です。
幼少期は母の畑仕事を手伝いながら学校に通っていました。
山の方の農家で育った私は畑の麦や沢山のお花が今でも大好きです。
私の祖父は第二次世界大戦の頃捕虜の兵士として日本に4年程居たそうです。もう生きて帰る事は出来ないだろうと思っていたところ終戦し母国にやっとの思いで帰国出来たそうです。日本に捕虜として居た4年間は、ご飯は殆ど貰えずお風呂も半年に一度しか入れなかったなど悲惨な話も沢山聞きましたが中には優しい日本人も居るんだと祖父はよく話してくれました。広島原爆の話など子供の頃祖父に沢山当時の話を聞いて居ました。何故か私は日本に興味持ち一度広島に行ってみたいなと思うようになり夢中になって祖父に日本に居た頃の話を沢山聞きました。大きくなったら何になる?と問われると日本に行く!と言っていた 事をよく覚えています。子供の頃母国ネパールでたまにエベレスト登山に来た日本人を見たときはWow Japanese!!と憧れていました。
NEPALから日本へ行く決意
日本に行く為には学生になるかもしくは、仕事のビザで日本に行く。この二択しかありませんでした。家族の為の出稼ぎも勿論ですが、それより日本に来たいという夢を叶えるため私は仕事の技能ビザを取得しようと先ずは母国のホテルで働き始めます。日本に行く為の技能ビザの取得条件は10年以上の仕事スキルがないと不可能な為インド、ネパールでインドカレーを10年修行し試験に合格した後日本の技能ビザを取得しました。
ネパールから日本へ行けることが決定!夢の日本へ
ビザを取得後日本での就職先を決めなければなりません。捕虜だった祖父の事もあり家族は大反対。絶対に日本で自分のお店を持つと家族を押し切り日本に来ました。
飛行機で初めて日本に降り立った時生まれて初めて広がった海を見てWow !!と興奮しました。成田を降りて生まれ初めての電車にのりました。初めて電車に乗りこんな乗り物があるんだ!と興奮していると近くにいた寝ていた日本人が蒲田~蒲田~と言うアナウンスを聞いて飛び起き電車を飛び降りて行ったのを見て驚き日本人は忙しいんだな・・・と思った事は今でも忘れることができません。
停電は当たり前の母国とは違い夜でも全てが明るくて便利な日本に自分がいる事も凄いと毎日が夢のようでした。その後インド料理店スタッフとして東京、横浜で6年程働きました。
ネパールの事
生まれた国は世界的には貧困とされて居ますが自然も多くなんと言っても有名なエベレストがあり海は有りませんが、綺麗な湖も沢山あります。私はやはり母国も大切に思い歳をとった時には母国で暮らしたいと思っています。
しかし東日本大震災の後ネパールでも大きな地震災害があり沢山の人が亡くなりました。私はネパールの震災の数年後に帰国し少しの寄付をする事しかできませんでした。日本とは程遠い余りの復旧の遅さに胸が痛みました。私の国は日本と違い道路は未だ全て舗装されておらず震災から数年経った今も建物は崩れ復旧されていない場所は多く貧富の差がまだまだ激しい国でもあります。学校に行けない子供達がたくさんいます。5歳未満から外で物売りをするホームレスの子供達も沢山居て、子供達は学校を出ないと外国へ出稼ぎも行くことができず私の様に夢を叶える事も閉ざされ、仕事に付く事さえ出来ず差別が生まれ、また貧困を生むと言うそんな現実もあり私は数十年後この国が日本の様に学校や、保護施設があればいいなと思いました。もう一歩踏み出すことが出来たらと日々悩み、自分のお店を持ち母国に児童施設を作りたいと思い描き無知では有りましたが、日本へ来て7年程で起業の道を選びました。
日本でのお仕事
自分のお店が持ちたいと日本に来て7年目位でこれまで貯めてきたお金をつぎ込み横浜にお店をお友達と
一緒にオープンさせました。
しかし当時私は母国語、ヒンディー語、英語しか話すことが出来ず当時日本語は全く話すことが出来ませんでした。当然の事お客様とコミュニケーションなど全くとる事も出来ず経営もした事がなかった為、夢だった創業したお店は、勿論の事うまくいかず物の2年程で廃業寸前となっていきます。
そしてその時期に大切な母を病気で亡くしてしまい、お金を母国に送るどころかあっという間に転落していく自分が居ました。やはりそう甘くはないなと現実を見た瞬間でした。
群馬へ
当時ネイリスト検定の試験官で東京に仕事で来ていた当社の社長が仕事帰りに同僚とたまたま私の働くお店に来店し出会いました。
日本語を話せない私に私も英語勉強したい!と話しかけてくれたことをよく覚えています。
社長の同僚の先生が英語を話せた事もあり翻訳してもらったりしながら仕事の話や身の上話をするようになりました。
日本での仕事の思いや自分の思いが伝わり群馬でもう一度お店を持つチャンスを掴むことが出来ました。
私のお仕事
一般的なのインドカレー店は早く出す事がモットーです。
私の料理は、とりあえず今日は早く簡単にではございません。
お客様には健康の為、自分へのご褒美の為、手間暇かけた
ディオサでしか食べられないカレーが食べたい!
そんな風に思っていただけたらと思っています。
仕込みは手間をかけお肉はすべて柔らかく仕上がる様に、ナンはふっくらで時間が経っても硬くならないように数年かけた独自のレシピと仕込み方で工夫しています。
お客様がこのインド料理店を選んで良かった!と何度でも食べたくなるインド料理を提供する事を心掛けています。
カレーへの拘り
私の持つ他店にない拘り、それは「鮮度」です。
私のインドカレーは新鮮なお野菜とインドから取り寄せたスパイスやハーブのみで小麦粉等のつなぎは使用せず素材の味その物に拘って二日程かけてベースをじっくりと煮込み完成させるということに全力を注いでおります。
カレーベースは生ものですので当店は作り置きをしないというこだわりを持っており、少しづつしか提供出来ませんがカレーのベースはいつもフレッシュで美味しいです。
カレーはオーダーが来たら作ってあるものを温めて提供するという一般的な流れではなく、私のお料理はお客様のおーだを受けてからそれぞれベースとスパイスを調合しオーダーされてからその場で作るのでスパイス独特な臭みは無く辛さもお客様のご要望に沿って調合致します。
辛い物が苦手な方でも辛さ無しからお作り致しますので
お子様から大人まで何方様でもご利用いただけます。
私のタンドリーチキン
タンドリーチキンもオーダー後に自家製のヨーグルトに付け込みコラーゲン生成された柔らかいチキンとスパイスを調合し特性のタンドリー窯で備長炭を使いじっくり焼き始めるのでとてもジューシーに焼き上がります。
他店よりも多少のお時間を頂いてしまうかもしれませんがお待たせしてしまった分美味しいお料理をお約束致します。
客席、店内への拘り
コロナウイルス感染症が蔓延しお客様同士の距離や清潔感を心配されるお客様が多いと思います。当店は美容サロンと飲食店共にコロナ対策認定店に認定されております。
当店は全席8テーブルから4テーブルに減らし間隔を開けすべての席をゆったりとリラックスできるソファー席に変更いたしました。清潔で可愛い店内と食材を扱ううえで清潔なキッチンを徹底しております。全席アルコール消毒設置済。
来店してくださっているお客様へ
沢山のお店がある中で何時も来店してくださり私のお料理を選んで頂きありがとうございます。お客様に少しでも喜んで頂けるように私自身お料理や日本語、日本の文化につきまして日々邁進して参りますので今後ともどうぞよろしくお願い致します。日本語が上手く伝わらない時もご理解頂き優しく見守って下さりありがとうございます。お客様のご協力無しでは今でもお店を続ける事はできませんでした。今後とも温かく見守って頂けたら幸いです。
私の好きなもの
猫をお店の前で見つけてから虜になりました。フワフワの動物が大好きです。
子供の頃からお花が好きです。お花を見ると心が安らぎます
日本食全般すきですがラーメンが一番好きです。一蘭ラーメンを10辛で食べるのが好きです。
山が好きです。母国も自然が多く自然に触れることが好きです。
〒371-0046
群馬県前橋市川原2-2-3
CurryCafe
NailSalon
School